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函館地方裁判所 昭和30年(ワ)64号 判決

原告 成田茂平 外二名

被告 国

訴訟代理人 宇佐美初男 外五名

主文

原告等の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告は、原告成田に対し金百万円、原告田中に対し金四十五万円、原告尾形に対し金四十万円及び右各金額に対する昭和二十八年九月二十五日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

(一)  原告成田はその肩書住所に木造柾葺二階建住家一棟建坪四十六坪六合、二階坪十二坪を所有していたもの、原告田中はその肩書住所に木造柾葺平家住家一棟建坪十八坪五合を所有していたもの、原告尾形はその肩書住所に木造柾葺平家住家一棟建坪十八坪を所有していたものであるが、昭和二十八年九月二十日午前二時三十分頃北海道島牧郡西島牧村永豊三十九番地木造亜鉛鍍金鋼板葺平家建建坪二十四坪を局舎とする永豊郵便局から出火した火災により、原告等所有の前記各家屋はいずれも類焼し、各家屋内にあつた各原告所有の動産とともに全部焼失した。

(二)  永豊郵便局々舎から出火した右火災は、被告の被用者である永豊郵便局員鍵谷健一の重大な過失により発生したものである。即ち、鍵谷は昭和二十八年九月二十三日午前八時から二十四時間の同局宿直勤務に従事し、同日午後七時頃から同局事務室電話交換台において法規便覧差替訂正事務を処理していたところ、かねてから顔見知りの小柳幸子が来局したので同人と午後十時四十分頃まで雑談し、更に、同局員渥美久行が映画の見物の帰途来局したので同人と飲酒したため時間を空費し、二十四日午前一時頃になつて、同日午前五時を以て締切るべき郵便物の差立業務を処理しなければならないことを思出し、法規便覧の差替を中止して窓口郵便係の席に移り郵便物の差立業務を始めたが、その際鍵谷は喫煙しながら右業務を行い、巻煙草の吸殻を火のついたまゝ郵便係の机の端に放置したためその火が床板上に積重ねてあつた中古麻製郵便袋の上に落ちたのに気付かず、吸殻の後始末について何等意を用いないで、就寝時における火気の処理並びに局舎の見廻りをなさないまゝ午前一時二十五分頃渥美と相前後して宿直室に就寝したため、右煙草の火が郵便袋に燃え移り発火し、更に老朽した局舎床板に延焼し、前記火災に至つたものである。

およそ、室内において喫煙する者は煙草の吸殻によつて火災を惹起しないよう自己の吸殻を完全に消失し、または安全な器に捨てるなどの注意を払うべきは勿論たるとともに、宿直員たる者は一時就寝しようとするときは局舎を見廻り火気の安全を確認する等出火を未然に防止すべき業務上の注意義務があるものというべきところ、鍵谷はこれ等必要な注意義務を怠り、漫然前記所為に出て、燃え残りの吸殻を抛置したまゝ就寝しこれから出火するのに気付かず、遂に前記火災に至らしめたのであるから、右出火につき重大な過失のあつたものである。よつて鍵谷の使用者たる被告は右火災により損害を蒙つた原告等に対し民法第七一五条に基き損害を賠償すべき義務がある。

(三)  仮に、鍵谷の所為が重大な過失に当たらないとしても、通常の過失は免れないところ、「失火の責任に関する法律」は本来私経済下の弱少者を保護するため設けられた法律であつて、国の責に帰すべき失火については適用なきものと解すべきであるから、被告は被用者鍵谷の過失による損害の賠償責任を免れることはできない。

(四)  仮に、以上の主張が認められないとしても、本件火災は国の営造物たる永豊郵便局々舎の設置または管理の瑕疵によつて生じたものであるから、本件火災によつて原告等の蒙つた損害について被告は国家賠償法第二条第一項に基く損害賠償責任を負うものである。即ち郵便局は郵政省所管建物防火規定(昭和二十五年四月二十四日公達第五一号)により、防火責任者を定め、防火責任者は防火及び消失上最大の効果を発揮できるように消火器その他消防の用に供する機械器具ならびに消防用水、防火砂等防火設備を常備して置かなければならず、また、防火責任者は常に職員に対する防火心の喚起に努め、随時消防計画を樹て、その訓練をなし、常に消防関係官署と密接な連絡を保ちその指導ならびに消防器具の点検を受ける等局舎の火災予防に必要な措置を構じなければならないものである。しかるに永豊郵便局にはこれら局舎管理上当然なすべき設備方法が講ぜられていなかつたのみならず、局舎は狭隘で、かつ天井が低く、防消火上不適当であつたから局舎の設備及び管理に瑕疵があつたものである。更に、郵便局の宿直員は、担当時間中、郵便事務の外局舎の防消火などの管理も担当するが、宿直員であつた鍵谷は前記(二)の如く火災発生の予防について著しく注意を怠つたものであるから、局舎の管理には、管理者の過失なる瑕疵があつたものである。本件火災は右局舎の設置及び管理の瑕疵により発生したものである。

(五)  原告等の本件火災によつて蒙つた損害は次のとおりである。即ち原告成田は家族八名とともに前記所有家屋に居住して農業を営んでいたが、右家屋の焼失により百万円、家具、農機具等の焼失により三十四万九千五百円、合計百三十四万九千五百円相当の損害を、原告田中は、家族五名とともに前記所有家屋に居住し、豆腐製造販売業を営んでいたが、右家屋の焼失により三十万円、家具、豆腐製造道具等の焼失により十万円合計四十万円相当の損害を、原告尾形は家族三名とともに前記所有家屋に居住し理髪業を営んでいたが、右家屋の焼失により二十万円家具の焼失により二十万円合計四十万円相当の損害を夫々蒙つた。

(六)  よつて被告に対し、原告成田はその蒙つた損害のうち百万円、原告田中及び原告尾形は夫々蒙つた損害四十万円の賠償ならびに夫々右各金額に対する履行期の翌日である昭和二十八年九月二十五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べた。

被告国指定代理人は主文と同趣旨の判決を求め、答弁として、請求原因(一)のうち原告等所有の動産が焼失したことを除きすべて認める。右動産が焼失したとの点は不知。

同(二)のうち昭和二十八年九月二十三日鍵谷健一が宿直員として勤務したこと、同人が郵便差立の業務に従事したことは認めるがその余はすべて否認する。鍵谷は宿直員として火気取締については十分な注意を払い、就寝前火鉢の残火の始末をし、他に火気のないことを確めたうえ、就寝したもので、鍵谷には過失はなかつたのである。

同(三)については、国家についても「失火の責任に関する法律」は適用されるものである。

鍵谷健一は通常の過失すらなかつたものである。

同(四)の事実は否認する。永豊郵便局においては、郵政省所管建物防火規定にもとづいて防火器具の設置、点検、消防訓練等は行われていた。また局舎の構造設備において通常の家屋に比して何等火災予防上の瑕疵がなかつたのみならず、未だかつてそのような瑕疵があるとの注意を消防官署より受けたこともなかつた。

国家賠償法第二条にいう営造物の瑕疵とは、営造物の設定、維持、保管に不完全な点があり、その安全性が客観的に欠けていることをいうものであり、原告等主張の事実は、いづれも、公務員の行為に関するもので、営造物の客観的安全性に関する瑕疵に当たらないから、主張自体失当である。仮にそうでないとしても、本件火災は原告等主張の事実に因つて発生したものでないから被告に賠償責任はない。

と述べた。

証拠〈省略〉

理由

一、原告等が夫々その主張の家屋を所有していたこと、原告等の主張する日時に永豊郵便局々舎から出火し同局舎を焼失したこと、右火災の結果、原告等の所有する前記家屋がいずれも類焼し焼失したことはいずれも当事者間に争がない。

二、原告等は、先ず被告に対し民法第七一五条の使用者責任に基く損害賠償を請求し、永豊郵便局々舎から出火した火災は被告の被用者である永豊郵便局員鍵谷健一の重大な過失により発生したものであると主張するので、この点について検討する。

(一)  出火前の永豊郵便局舎内の状況について

いずれも成立に争のない甲第二ないし第四号証(鍵谷の供述調書)、同第八号証(渥美久行の供述調書)、同第十一号証(小柳幸子の答申書)、および同第十九号証(実況見分調書)の各記載に証人鍵谷健一、同渥美久行、同中田博幸および同千葉保治の各証言を綜合すると、

(1)  永豊郵便局内事務室は、本件火災発生当時は、正面玄関の土間との境に接して中央に郵便係窓口受附用の机が二個書机を挾んで並べられ、右土間の西北隅に公衆電話室、東南隅土間との境に接して為替係の机が置かれ、事務室内ほぼ中央に局長用の机、西北側窓附近に主事用の机、これに接して奥寄りに電話交換台が並置され、事務室の奥ほゞ中央に裏手に通ずる廊下があり、廊下の西北側に四畳半の宿直室、台所等があり、廊下東南側は裏玄関、自転車置場、便所等があり、宿直室は事務室内から直接出入できるようになつていたこと、右局長席と交換台のほゞ中央附近床上に鋳物製の火鉢が備えられていたこと。

(2)  而して、鍵谷健一は昭和二十二年から永豊郵便局員として勤務し昭和二十八年九月二十三日は午前八時から二十四時間の同局宿直当番にあたりその勤務に就いていたこと、同人は右勤務中夕食の後同日午後七時過頃から前記事務室内の局長席において法規便覧差替訂正事務を処理していたが、午後八時過頃かねて顔見知りの小柳幸子が来局したので、同人が午後十時四十分頃帰宅するまでこれと雑談したこと、その間午後九時三十分頃、同局員渥美久行が同局員千葉保治、同中田博幸らとともに、映画見物の帰途局に立寄り雑談していたが、午後十一時近くに至り千葉と中田が帰宅し、渥美のみは局に泊るため留つたこと、鍵谷は小柳の帰宅後交換台において電話交換票の整理を行い、その後は引き続き同じ席で、法規便覧差替訂正事務をなしたこと、渥美も前記千葉、中田らの帰宅後しばらくこれを手伝つたが、二十四日午前〇時頃これを止め、爾後は前記局長用机において長時間にわたり寿都電話局交換手庄内益子と電話で雑談を交したこと、鍵谷は渥美が右電話を交している間に午前一時過頃になつて同日午前五時を以つて締切るべき郵便物の差立業務を処理しなければならないことを思い出し、法規便覧差替の仕事を中止して前記窓口郵便係の席に移つて郵便物の差立業務をなし、書状約三十通、小包二個を郵袋二個に区分収納し封緘の上これを机の東側脇床上に積み重ねて置いたこと、このあと午前一時二十分頃鍵谷は火鉢の火に灰をかけ、交換席の電灯を除いた他の電灯を消して宿直室に入り、渥美も交換席の電灯を消して続いて宿直室に入り、ともに就寝したこと。

が夫々認められ、他に右認定を左右するに足りる資料は存しない。

(二)  発火点について

次に前顕甲第十九号証ならびにいずれも成立に争のない甲第一号証(鍵谷健一の供述調書)、同第五号証(渥美久行の供述調書)および同第二十一号証(木村芳男の供述調書)の各供述記載に証人鍵谷健一、同渥美久行および同木村芳男の証言を併せ考えると、鍵谷および渥美は、就寝中、出火の気配に驚き飛び起きて事務室内に出たときは為替係窓口附近の天井が真赤になつて燃え上つており床上の方は煙のためよく見えなかつたといゝ、木村芳男は出漁準備のため海岸に居たところ郵便局の窓が赤く見えたので火事と思い急いで半鐘の方に走つたが、途中、局舎東南側の窓から事務室内を窺いて見たところ為替係の横床上が一坪位の面積にわたり天井に届きそうな勢いで焔が燃え上つていたと述べており、焼跡の燃燬の程度も同所附近が一番強いことが認められるので、右為替係窓口附近が本件火災の発火点であると認められる。もつとも、証人千葉保治は発見当時事務室内火鉢の附近が一番燃えており、また為替係の辺と玄関寄の天井も燃えていた旨供述しているけれども、火鉢の附近がよく燃えていたとの供述部分は前顕各証拠に照したやすく措信し難く、他に右認定を覆えすに足りる資料は存しない。

(三)  出火原因について

ところで、原告は、右出火の原因は、鍵谷健一が前記郵便差立業務に従事中、郵便係の机の端に放置した巻煙草の火が床上の中古麻製郵便袋の上に落ち、これに引火し局舎床板に延焼するに至つたものである旨を主張する。而して、証人鈴木孝造、同新国源一の証言によれば、当時同局舎内の電灯用配線に不備の点はなく異状電流も認められず、本件火災が漏電により惹起されたことを疑う余地はないことが認められ、また、前認定の発火点たる為替係窓口附近と鍵谷健一が前記郵便差立業務を行つた郵便係の机とは近接した位置にあり、同人が処理済の郵袋を右郵便係の机の脇床上に積み重ねて置いたことは前認定のとおりであるから、本件発火と鍵谷健一の行為との間に何等かの因果関係ありと推認すべきが如くであるが、然しながら、右業務に従事中鍵谷健一が喫煙していた事実を認めるに足る証拠は存しない。もつとも、前顕甲第三号証に成立に争のない甲第二号証(中田博幸の供述調書)の各供述記載を併せ考えると、鍵谷健一は平素喫煙を好み、煙草の吸さしを机の端に放置して焦跡を生ぜしめたようなこともあつた事実を認めることができるけれども、右事実のみで、直ちに、同人が右郵便差立業務に従事中喫煙し、その吸殻を火のついたまゝ机の端に放置し、又は、不用意にこれを郵袋の上に投棄したものと断ずることができないのは勿論であるばかりでなく、かえつて、証人斎藤剛、同臼沢善男の各証言によれば、郵袋は煙草の吸殻によつて燃焼する場合としない場合とがあり、寧ろ一般的には容易には引火し難いことが認められ(鍵谷が郵便差立業務を行つてから就寝後出火するまでに僅々一時間余の時間的経過を経たに過ぎない事実も考え併さなければならない。)、更に、右郵袋が焼かした結果床板に延焼するに至つた事実については、これを認めるに足りる資料は全く存しないのであるから、原告の前記主張事実は、到底、これを容認するに由ないものといわぎるを得ない。

以上認定の次第であるから、本件火災が鍵谷健一の過失に基因することを前提とする原告の請求は、爾余の点の判断をなすまでもなく失当たるを免れない。

三、次に、原告等は永豊郵便局々舎の設置または管理に瑕疵があつたとして、国家賠償法第二条にもとづく損害の賠償を請求しているので、永豊郵便局々舎の設置または管理に瑕疵があつたか否かを検討することとする。

(一)  永豊郵便局々舎が原告等が主張するように、火災を防止するに必要な設備を欠き、同局責任者が、平常火災予防についての職員の訓育を怠つたため、本件火災を惹起するにいたつたことを認めるに足る証拠はなく、かえつて、証人中田正雄同木村芳男、同中田博幸の各証言によれば、本件火災当時、永豊郵便局には三ケの消火器が備えつけられ、防火設備として充分であつたこと、永豊消防団から定期的に局舎防火設備の検査を受けたが、防火設備の欠陥を指摘されたことはなかつたこと認められるから、原告等の右主張はこれを採用し難いところといわなければならない。

(二)  また、原告は、本件火災の発生は宿直員鍵谷健一の過失に基因するところ、右過失は管理者の過失として同局舎の管理上の瑕疵に該当すると主張するが、鍵谷に過失の認められないこと前認定のとおりであるから、右主張は立論の前提を欠き採ることができない。

(三)  原告等は、更に、永豊郵便局々舎が狭隘でその天井が著しく低かつたことをもつて局舎の設置または管理の瑕疵であると主張するが、同局々舎が通常の家屋に比して特に狭隘で天井が低かつたことを認めるに足る証拠がないばかりでなく、局舎が狭く、天井の低いことが本件火災の原因であることを認めるに足る何等の資料もないから右主張も採用することができない。

右の通りであるから、国の営造物である永豊郵便局々舎の設置または管理に瑕疵のあつたことを理由とする原告等の国家賠償法第二条による損害賠償の請求も失当といわなければならない。

四、以上のとおりであつて、原告等の請求はいづれも理由がないからこれを棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 江尻美雄一 佐々木忠朗 杉山英已)

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